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浦和地方裁判所 昭和33年(わ)447号 判決

被告人 米兵 S(一九三八・一〇・三一生

主文

被告人を禁錮拾月に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は高等学校の課程修了後千九百五十七年四月十五日カリフオルニヤ州○○○○○○においてアメリカ合衆国軍隊に入隊し基本訓練を受けミシシツピー州××××所在の通信学校を卒業し、同年十月日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定(以下単に行政協定という)にいわゆるアメリカ合衆国空軍の一員として埼玉県○○郡××町所在△△△△△基地第○航空通信中隊の通信兵となつたが、昭和三十三年九月六日から十五日間の臨時憲兵を命ぜられ、歩哨勤務に従事しカービン銃及び実弾五発挿入の弾倉を携帯してこれを取扱うことになつた。右歩哨としては一般に軍規則指令等によりその勤務に際し緊急の事態が発生した場合に限り右銃及び実弾を操作使用すべきであり、その職務執行の過程にあると否とに係わりなく、人に危害を及ぼすおそれのある銃及び実弾を継続して携帯操作する者であるからこれが取扱に関し事故の発生を未然に防止するため、常に慎重細心な注意を要し緊急事態でないのに、みだりに銃に実弾を装填したり、実弾を装填した場合においても安全装置を施すことなく携帯したり、又銑に実弾が装填されているか否かを確めることなく人或は物に向けて引金を引いてはならない等の業務上の注意義務を負担しているのである。

しかるところ被告人は前記歩哨として同年九月七日午前八時頃から同基地内第十一号哨所において勤務中、前記注意義務に違反して、午後一時三十五分頃同哨所内の哨舎から巡回に出る際暑気等のため擅に弾丸ベルトをはずし漫然その中の実弾五発挿入の弾倉(昭和三三年押第一二四号の二ないし五)を前記カービン銃(前同押号の一)に装填し、且つ安全装置を施さなかつたばかりでなく、午後一時五十分頃右哨舎に入り椅子に腰かけ休憩して郷里のことをとりとめもなく考えていた際、偶々その前方(西方)約百十数メートルの線路上を西武鉄道池袋線飯能行四輛編成電車が南方から北方に向つて進行して来たのを認めるや、さらに右のように所携の銃に実弾を装填し且つ安全装置を施さなかつたことを失念し、歩哨としての職務執行とは何等関係なく空撃ちのつもりで進行中の右電車の方向に向け銃を構えて引金を引いたため、その銃から実弾一発が発射され、これが同電車第一輛目前部東側二重窓硝子二枚を貫通し、その窓を背にして座席に腰かけていた宮村祥之(当時二十二年)に命中し、同人の肩胛部から右前頸部皮下軟部組織間に達する盲管射創を負わせ、因つて同人をして同日午後三時頃前記基地内空軍病院において右肺上葉並びに右鎖骨下静脈の損傷に基く胸腔内出血により死亡するに至らしめたものである。

(証拠の標目) (略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は本件事犯は本来被告人が歩哨としてその勤務時間中に且つ勤務場所において、つまり歩哨勤務という公務執行に際しこれと直接不可分の関係にあるカービン銃及び実弾の操作上の注意義務を怠り歩哨の任務を逸脱して他人を死亡せしめたものであり、もともと行政協定第十七条第三項(a)(ii)にいわゆる公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪であるが、本件では行政協定第十七条に基き日米両国関係当局間において、これを公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪でないということに擬制する合意がなされアメリカ合衆国の軍当局が右事犯につき有する第一次の裁判権を行使することを放棄して日本国に譲渡し日本国に第一次の裁判権があることに決定されたものである。従つてこの公務執行中の作為又は不作為でないという取極は条約上の法律的効果として両当事国を拘束し日本国は本件事犯を公務を前提とする罪名で訴追することはできないわけである。何となれば行政協定第十七条は日本国における合衆国軍隊の構成員又は軍属に対する裁判権の問題を決定するもので一種の逃亡犯罪人引渡条約であり、同条約中には締約国が相互に自国の犯人が相手国に逃亡した場合、その相手国に対しその犯罪人の引渡を請求することができるものとして引渡犯罪が予め定められ、犯罪人の引渡を受けた締約国はその引渡の罪名を変更して訴追することは許されない国際法規ないし国際慣行が存在するから、その趣旨に従つて本件の場合においても本件事犯を公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪でないという合意のもとに被告人に対する第一次の裁判権が日本国に移された以上日本国としては被告人に対し右と異なる罪名で訴追することは国際法理に違反することになるのである。ところで条約である行政協定上の公務の概念も刑法上の業務の概念もその本質はいずれも業務であり、刑法上の業務は行政協定上の公務と同一又はこれに準ずべきものであつて、行政協定上の公務でないものは刑法上の業務になり得ないのである。よつて本件事犯を公務を前提とする罪名すなわち業務上過失致死罪として提起した本件公訴はこれを維持する限り憲法第九十八条第二項に反する起訴であり公訴棄却の裁判がなさるべきであると主張する。この点についての当裁判所の判断は左のとおりである。

(一)  行政協定第十七条第三項(a)(ii)にいわゆる「公務」とは行政協定の規定に従い日本国に駐留する合衆国軍隊の構成員又は軍属のその地位に基く事務であつて合衆国軍隊の法令、規則、上官の命令若しくは軍慣習等によつて要求され又は権限づけられるすべての任務若しくは役務を指称することは疑義なく、又「公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪」の意義についてはその字句そのものから見ると或は公務に従事すべき時間内すなわち勤務時間中に且つ公務に従事すべき場所すなわち勤務場所内において右のような身分を有する者によつて惹起されたあらゆる作為又は不作為から生ずる事犯を指すようにも解せられないことはないのであるが、右行政協定の規定が右のような身分を有する者に対しても日本国内におけるその事犯が両当事国のそれぞれの国内法において犯罪とされている限り、本来両当事国がそれぞれ独立に裁判権を有することを取極め、その裁判権競合の場合の調整として前記「公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪」については合衆国の軍当局に第一次の裁判権を行使する権利を認めたのであるが右が主として合衆国軍隊としての規律や機能の観点に立脚して規定された趣旨に鑑み考えると到底前記のように無制限に広く解釈することはできないのであつて行政協定の議定書(英文)の文理解釈から言えば「公務執行中」とは「公務遂行の過程における」という意味に解せられる点をも参酌して考えると公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪と言い得るためには少くともその犯罪が公務執行に随伴して生じ公務執行とその犯罪との間に直接行為上の関連性を有する場合でなければならないと解する。本件についてこれを考察するに本件事犯が被告人の歩哨としての勤務時間中、勤務場所において発生したものであることは明らかであるが、被告人の判示一連の作為、不作為とこれによる結果の発生は被告人が判示のように銃及び実弾の携帯操作につき歩哨としての注意義務を尽さず、偶々休憩していた際、歩哨としての任務と何等の関係もなく空撃ちをしたことが原因であつて、本件事犯は右のように注意義務の違背という点で歩哨すなわち公務(然し公務の執行ということとは異なる)ということと無関係とは言えないにしても被告人が従事していた歩哨勤務という公務執行に随伴して生じたものではなく、又本件事犯との間に何等かの意味で直接の関連性を持つと見得られるような公務執行の外形も存在しない個人的行為なのである。従つて本件では一面被告人に公務違背の責任があつたかどうかは別問題として右事犯そのものは行政協定第十七条第三項(a)(ii)にいわゆる公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪と解することはできない。

結局本件事犯は行政協定第十七条第三項6にいわゆる「その他の罪」に該当し当初から日本国当局に第一次の裁判権行使の権限が存在するのである。従つて本件事犯が検察官の主張するように業務上過失致死罪に該当するか

(二)  どうかは専ら日本刑法上の観点からのみこれを判断すれば足りる。そこで刑法第二百十一条前段にいわゆる「業務」とは本来人が社会生活上の地位に基き反覆継続して行う行為であつて且つその行為は他人の生命身体に危害を加えるおそれのあるものと解すべきであるところ、本件において被告人は判示のように一定期間歩哨勤務者として他人に危害を及ぼすおそれのあるカービン銃及び実弾を支給されこれを継続的に取扱うべきものであつたのであつて、公務執行中でない本件の場合と雖も被告人が事実上歩哨勤務に就き銃及び実弾を操作すべきものとしてこれを携帯している限り、右法条にいわゆる業務に従事しているものに該当し、その業務上の注意義務に違背し本件事犯を惹起したものであるから、同条の業務上過失致死罪を構成すること明らかである。

以上説示のとおりであつて本件事犯に対する第一次の裁判権の帰属に関し当裁判所の前記見解と異なる見地に立脚して論議する弁護人の主張はその他の論点について判断を加えるまでもなく、これを採用することができない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第二百十一条前段、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号、第二条第一項に該当する。

よつてその情状について考察すると、本件は判示認定のように被告人は歩哨として他人に危害を及ぼすおそれのあるカービン銃及び実弾を携帯操作する地位に就きながら、勤務時間中、軍規則、指令等に違背し緊急事態でないのに、みだりに所携の銃に実弾を装填し、しかも銃に安全装置を施さず、且つ銃に実弾を装填し安全装置を施さなかつたことを失念し、人の現在する電車の方向に向け狙い撃ちでないとはいえ銃を構え引金を引いたという点で、過失を幾重にも重ねたため発射された実弾により、何等責むべき事情のない前途のある学生で電車の乗客であつた者の生命を失うに至らせたという重大な結果を招いたものであつて、その責任は非常に重いものといわなければならない。然し一面前掲証拠及び本件記録によれば当時被告人は満二十年に近い少年であつたこと、銃及び実弾の取扱、訓練を一応心得ているが充分熟練しておらず歩哨としての経験も僅か二日目であつたこと、当日は暑気酷しくきわめて湿度の高いときであり、そのため被告人の緊張が弛んでいたこと、被告人は右眼の視力が充分でなく且つ左射ちのため銃の引金を引く際銃の中央部に突出した実弾装填の弾倉を発見することがやや困難であつたこと、被害者の母親が最愛の一人息子を失い当初非常に憤激したが、その後米軍当局及び被告人から精神上、物質上の好意的措置を受け、又被告人の母親からの謝罪の手紙を受けて気持も和らぎ本件が過失に基因するならば若年である被告人の処罰を願わない心境に一時は達したこと、最近米軍当局から新たに被害者側に対し損害補償名下に慰藉の方法が講じられその承諾さえあれば相当額の金員を直ちに交付できる用意が完了していること、被告人は日頃軍務に精励し他に事故を起したこともなく本件については深く悔悟謹慎していること等被告人に有利な状況も認めることができるのである。

よつて以上諸般の状況を綜合斟酌すれば前記適用法条所定刑中禁錮刑を選択しその刑期範囲内において被告人を禁錮十月に処するのが相当である。なお訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項但し書により被告人に負担させない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 大中俊夫 田中寿夫 大関隆夫)

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